身近な負担とマクロな政策との橋渡しになる本|『教養としての社会保障』

3行でまとめると
  1. 社会保障は「自分自身の負担」という視点と「社会全体のバランス」の視点が噛み合わないので、合意形成が難しい
  2. 社会保障は歴史的に経済成長を阻害するものではなく、むしろ経済成長の土台であったし、経済成長を牽引する存在にもなりうる
  3. 経済成長と社会保障を両方発展させるには、できるだけ多くの人が働いて社会に参加し、能力を発揮できるようにしなければならない

今回紹介するのは、香取照幸氏の『教養としての社会保障』です。

生活保護のようなセーフティネットから育児や雇用といった身近なトピックまで、社会保障は本当に身近な存在です。

だからこそ自分にとって近い社会保障は見えやすいものの、関わったことのない社会保障はよくわからない、という状況が生じます。

しかし社会保障をめぐる様々な問題を議論し、解決していくためには、自分にとって身近なミクロの視点だけでなく社会保障の全体像をマクロに捉える必要があります。

そのため香取氏は本書をもって、「社会保障を一種の教養として理解していただこう」と言っています。

読んでいく過程で様々な気づきを得ることができたので、紹介します。紹介する本は以下です。

社会保障は「経済のお荷物」ではない

本書を読んでの最も大きな衝撃は、社会保障は決して経済成長を害するものではない、という点でした。

私たちは無意識のうちに、社会保障を経済成長に対立させて捉えがちです。社会保障を拡充するにはその分の財源が必要になるし、その財源を税金や保険料という形で徴収すれば社会にとって重荷となる、という考えが暗黙のうちに浸透しています。

実際、社会保障を縮小すべきだという立場の人は「経済成長の足かせになる」という主張をとることが多いですし、カウンターパートで社会保障の充実を訴えていく立場の人もその前提に乗った上で「経済成長を多少犠牲にしてでも弱者を救うべきだ」という主張を行いがちです。

しかしながら、筆者は社会保障と経済成長を対立させる考え方からは脱却し、社会保障と経済が相互依存であるという風に認識をアップデートしなければならないと説きます。

社会保障を負担からだけ見るのではなく、消費や雇用、産業振興など、経済との好循環、相互依存関係をよく考えてより積極的な観点から社会保障の姿を考えよう、保護と依存ではなく、社会への参加を保障する、つまりは自立を支援するという視点で社会保障を組み立て直そう

『教養としての社会保障』

少子高齢化のなかで「働ける人を増やす」という視点

筆者は、「人口減少」や「少子高齢化」という現象についても鋭い指摘をしています。日本より人口が少ない国がたくさんあり、そういった国もある程度豊かにやれていることを考えれば、人口が減少することそれ自体は問題ではないというのです。

それよりも問題なのは、少子高齢化によって働ける人口が減ること。社会保障の枠組みにおいては「支える側」の人口が減り「支えられる側」の人口が増えることにあるというのです。

ですから、例えば「女性の活躍」という文脈においても、筆者は日本が子育てと仕事を両立しにくい社会であると述べた上で

仕事を続けられるという条件を整えなければ、産まずに仕事を続けるか、仕事を辞めて産むかの二者択一になってしまう。そこを解決するのがこれからの社会保障のポイントです。

『教養としての社会保障』

と指摘しています。働けるし働きたい女性から仕事を奪わず、つまり「支えられる側」から「支える側」に戻ってきてもらう方が良い。説得力のある指摘です。

これから20年、私たちの手札は決まっている

地に足のついた議論によって「社会保障を考える枠組み」を与えてくれた筆者ですが、私にとってさらに印象に残った部分は「これから20年の私たちの手札は決まっている」という部分でした。

これからの 20 年間の労働人口の動向は、少子化対策とは無関係です。つまり、今後 20 年から 25 年間の私たちの手札はもう決まっている。その中でやりくりしなければならないということです。

『教養としての社会保障』

仮にいますぐ少子化対策がうまくいって少子化が止まったとしても、いま産まれた赤ちゃんが成人するのは20年後です。

とすれば、この20年間、労働力人口が減り続けるのはほぼ確定といえます。

考えてみれば当たり前の話ですが、社会保障の課題が一朝一夕には解決できないこと、様々な政策について、次の世代のことを考えて選択していかないといけないことがよくわかるエピソードだと思います。

おわりに

本稿で紹介した部分はごく一部で、本書では限られた紙幅で多くの社会保障にまつわるトピックを紹介してくれています。

しかし、何といっても本書の特徴は、社会保障を正しく捉えるために必要な「概念」をしっかりと提示してくれることにあるでしょう。

「経済と社会保障は車輪の両輪である」という考え、「働ける人を増やす」とった根本的な概念がわからないと、社会保障に関するニュースを見た時も「いったい何を狙ってこんな政策をするんだろう」と疑問に思ってしまうことも少なくないでしょう。誰かの給付が減らされるという話ならなおさらです。

社会保障といった漠然とした分野の話では、自分や自分のまわりの人の視点から対象を捉えてしまうのは無理のないことです。でも、この本を読むことで「マクロな視点」、言い換えれば「みんなにとっての最適解」という視点をもてば、社会保障という捉えどころのないトピックを考える上で強い味方になってくれるのではないでしょうか。

こういったお堅いトピックの本にしては珍しく、小さな感動すら覚える名著でした。紹介した本は以下です。

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