IT技術の進歩が生活のあらゆる面を変えている中で、最も多くのイノベーションを、継続的に生み出し続けている企業がGoogleです。
今回紹介する書籍『How Google Works』は、Googleはどのような人々によって動かされているのか、革新的な製品を送り出し続けるGoogleの組織や仕組みはどういうものなのか、Googleの裏側に焦点をあてた本です。
執筆陣もGoogleを知り尽くした幹部たちの名前が並んでいます。
エリック・シュミット | Google会長。ガレージ企業だったGoogleを世界的な大企業にするための「お守り役」をつとめる。 |
ラリー・ペイジ | Google共同創業者。検索を改良するアイデアでセルゲイ・ブリンとともにGoogle創業。プロダクト部門の社長を勤めた。2019年親会社alphabetの社長を辞任。 |
ジョナサン・ローゼンバーグ | Googleシニア・バイスプレジデント。プロダクト部門のトップとして製品の設計や改善を指揮。 |
アラン・イーグル | 2007年に入社し、幹部のスピーチ作成など、幹部の広報担当。 |
今回は『How Google Works』の中でもGoogleで働く社員に関する記述に絞ってレビューしていきたいと思います。
目次
限界まで「自由」を与えるGoogleの企業文化
一九九八年にグーグルを創業したとき、ラリーとセルゲイは経営の知識もなければ経験もなかった
How Google works
最高のサービスを生み出せば、お金は後からついてくると信じていたのだ。世界最高の検索エンジンさえつくれば大成功は間違いなし、と。
How Google Works
最高のサービスを生み出すための戦略も、同じようにシンプルなものだった。優秀なソフトウェアエンジニアをできるだけたくさん採用し、自由を与えるのだ。
How Google Works
任された仕事に対する全責任を与えれば、彼らは何としてもそれを成し遂げようとするだろう
How Google Works
本書では社員・組織・採用戦略・広報など多岐にわたる分野について、Googleの戦略が書かれています。
しかし、結局のところGoogleの組織は「優秀な人の能力を最大限に引き出す」ということを大事にしているようです。
そのための驚くべき工夫のいくつかを紹介します。
なんでも話題にしていい全社集会「TGIF」
「やった、金曜日だ!」の略「TGIF」は、毎週金曜日に開かれるGoogleの全社集会。
創業者のセルゲイ・ブリンやラリー・ペイジもこの集会で精度の高い検索がどれほど社会にとって重要か、インターネットの普及がどのようなインパクトを持っているか、考えていることを率直に全社員に伝えていました。
こうしたミーティングは、エンジニアたちと経営陣の距離をただ縮めるだけでなく、
何が創業者二人にとって一番大事なことなのかをストレートに全社員に伝える効果があるといいます。
もちろんTGIFは双方向なので、エンジニアは経営陣に対して意見や不満も率直にぶつけることができます。
Googleは今では世界時価総額ランキング5位の常連になるほど巨大な企業になりましたが、TGIFはいまだに続いています。
毎日喜んで出社したくなる環境づくり
特定の考え方を押しつけることができないのであれば、彼らがモノを考える”環境”をマネジメントするしかない。
How Google Works
私たちがオフィスに投資するのは、社員に自宅からではなく、オフィスで働いてもらうためだ
How Google Works
いまや数十億ドルを稼ぎ出すようになったグーグルの広告配信サービス「アドセンス」は、ある日たまたま本社で一緒にビリヤードをしていた、さまざまなチームに所属するエンジニアたちが発明した
How Google Works
あなたの配偶者やルームメイトがどれほどすばらしい人でも、自宅で二人で休憩していて数十億ドルの事業を思いつく可能性はきわめて低いだろう(たとえビリヤード台があったとしても)
How Google Works
Googleのオフィスについて、しばしば注目されるのがオフィスの豊かさです。
高級なジュースや一流シェフの社員食堂、一見全く仕事とは関係なさそうな娯楽施設まで、Googleのオフィスは「社員に来てもらうこと」をベースに設計されています。
本書を読むと、ビリヤード中とかおしゃべり中といった「暇な時間」に生み出され、実現したアイデアがいかに多いか驚かされます。
また、自分の部署やプロジェクトに縛られずに社員が新しいプロジェクトを始めたり、既存のプロジェクトを改善したりすることも頻繁に行われているようです。
Googleを使い倒す「傑出した」社員、スマート・クリエイティブたち
自由を与え、発言権も与え、最高の環境も与える。
そこまでするからには、社員には「傑出した」働きをしてもらわないと割に合いません。この点、ジョナサンはGoogleの知的労働者は従来の知識労働者とは全く違うと言います。
20世紀までの「知識労働者」
経営学の重鎮ピーター・ドラッカーが「知識労働者」という言葉を最初に使ったのは『変貌する産業社会』の中で、1959年のことでした。
そこで想定されていた「知識労働者」とは、制約の少ない企業の中で、特定の能力に秀でた人材でした。
例えば会社の経理に誰よりも精通しているマネージャー、Excelのマクロを組む達人、といった具合です。
しかし、そうした「狭い分野にとことん習熟する」タイプの知識労働者は変化がない環境でしか強みを発揮できません。10年かけて磨き上げたニッチな技能が評価される職場は、求められるスキルもツールも毎年新しくなるような分野では成り立たないからです。
つまり、Googleのように圧倒的なスピードで次々とプロダクトを開発・改善していく企業では従来の「知識労働者」は務まりません。
そこで、Googleが積極的に採用しているのが「スマート・クリエイティブ」という人々です。
優れたプロダクトを生み出し続けるスマート・クリエイティブの特徴
従来の「知識労働者」と全く異なるスマート・クリエイティブの特徴として本書であげられている点をあるだけ列挙してみます。
- 自分の商売道具(Googleではコンピューター)を使いこなすための高度な知識を持っている
- データの分析を適切に意思決定に生かすことができる
- ビジネス感覚も優れている。単に知識が豊富なだけでなく、プロダクトを成功させるという視点を持っている
- 競争心旺盛。頂点を目指す気概があり、そのためなら猛烈に働く
- ユーザーの視点を持っており、それに基づいてプロダクトを評価できる
- アイデアが噴水のように出てくる
- 失敗からは重要なことが学べる(あるいは、絶対に失敗しない)と信じているので、失敗を恐れない
- 並外れて主体的。指示を待たない
- あらゆる可能性にオープン
- アイデアを、話した人ではなく内容で評価する
- 細かいところまで注意が行き届く。自分にとって重要だと分かっているから
- コミュニケーションが得意で、ツボを抑えて話すことができる
言うまでもなくこうした特徴を全て兼ね備えた人はGoogleでもほとんどいません。
ただ共通しているのは自分の手で価値あるプロダクトを作り上げる情熱だとジョナサンは言います。
全員に共通するのは、ビジネスセンス、専門知識、クリエイティブなエネルギー、自分で手を動かして業務を遂行しようとする姿勢だ。これが基本的要件だ。
How Google Works
このような傑出した社員が、Googleの並外れて使いやすく優れたプロダクトと、Googleという会社自体を支えています。
Googleが「未来は明るい」と言う理由
本書の著者は、「あとがき」の一節に「未来は明るい」という名前を付けました。
スマート・クリエイティブが人類の課題をかつてない速度で解決しているのを間近で見ているからこその感想でしょう。
スマート・クリエイティブではない私たち一般の大多数の人々からすれば、未来が明るいかどうかはそれほど定かではないように感じられます。AIが多くの雇用を奪うと言われて久しいし、人間の認知機能の多くを”ロボット”に譲りわたすことへの本能的な不安もあります。
そんな私たちに向けて一つ、興味深い事例が紹介されていたので引用します。
一九九七年にチェスの不動の世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフがIBMのコンピュータ「ディープ・ブルー」に敗れたとき、誰もが人間から機械へと松明が引き継がれる歴史的瞬間を目撃しているのだと考えた。
だがフタを開けてみると、この試合はチェス・チャンピオンの世界における新時代の幕開けとなった。新たなチャンピオンはコンピュータではなく、コンピュータと協業することで自らのスキルを一段と高めた人間だ。こんにちのグランドマスター(現在その数は一九九七年の二倍)は、コンピュータをトレーニング・パートナーに使っている。それによって人間のプレイヤーの能力がさらに高まるのだ。
こうしてコンピュータを利用した知の好循環が生まれる。コンピュータが人間の能力をさらに押し上げ、人間はさらに優れたコンピュータをプログラミングする。チェスの世界では、間違いなくこのような現象が起きている。他の分野で起こらないと考える理由があるだろうか。
How Google Works
あらゆる分野の活動が、二一世紀前半にはテクノロジーの力によって一変するだろう。その結果、目を見張るような新プロダクトが生まれ、まったく新しい企業が誕生し、経済は停滞を脱け出し、雇用創出や経済発展が始まるだろう。そしてこの一つひとつの変化を扇動するのは、断固たる決意と力を手にしたスマート・クリエイティブの小さな集団だろう。これが私たちの考える未来だ。
How Google Works
「スマート・クリエイティブの小さな集団」がなぜ「雇用創出」に繋がるのかは疑問に思えるところですが、Googleも初めは2人の大学生がガレージで始めた会社であることを考えれば、こうした楽観的な未来像もあながち絵空事ではないのかもしれません。
おわりに
Googleという会社は、1998年に創業し20年あまりで時価総額8000億ドルまで成長しました。
Googleは、そのあまりの成長の速さという点でも、多くの人の生活に影響を与えるという点でも、研究に値する特別な企業です。
そんなGoogleの経営者が書いた本書は、特に起業や経営を志す人にとって、非常に刺激的な名著でした。
今回は傑出したタレントを持つ社員に焦点を当てましたが、他の部分(採用や組織)についても機会があればレビューします。